Twinkle twinkle little...

時間勝負で書いた小話。
所要時間4時間51分。書いていた時間だけだと3時間18分。約3600文字。

ずいぶん前からあったアイディアと本当の意味でのネタのかたまりです。

【Twinkle twinkle little】


眠くて、まぶしくて、目を細めて地上に出た。
太陽に薄い雲がかかりそうでかからない。
逆光の聖堂の上、くすんだ色の十字架が白く飛んでいる。
神のご加護も、今日くらいはあるだろう。
仕事がうまくいきますように。…まぶしさにつられて目をつむる。


午前11時の駅前。
仕事中の人間と、数人のグループがつくったゆるい流れに合わせて歩く。
慣れないカバンを肩にかけ直しては、はさまるえりあしの髪を逃がしてやる。
そのうちガラス張りの建物が見えてきて、扉を開けるけれど、横切って行くだけ。
大理石に似た白色は旧棟のひび割れた廊下から緑色に変わる。


学科事務部の受付ボックスの、横に長い口から覗きこんでも真っ暗で何も見えなかった。
おそろしくなめらかな持ち手のカバンを下ろす。
小さいガラス戸をノックして、事務のおばさんの気を引くと、
「花屋です…お届けモノです」
もっと何かあったろう、「プレゼントです」とか。あとからは何とでも言える。
おばさんはゆったりデスクを離れ、
「どちらにでしょう?」カウンター越しにお見合いか。
「ええと、ここです」
伝票を渡すと、眼鏡を上下させたあげくはずしてしまい、ためつすがめつにらめっこをはじめる。
老眼の事務員が教授の名を把握するまで、しばらくこちらはほっておかれた。


この大学に来るのははじめてじゃない。
中庭を斜めに突っ切れば、例の教授の研究室に辿りつくことも知っている。
カバンから取り出した届け物は、そのまま腕を通して肩にかけた方がずっと持ちやすかった。
約束の時刻は守らねばならないから、大またで進む。
様子が勇ましすぎたのか、すれ違う人が振り向くけれど、もう気にもならない。
研究室の前で少し身なりを整えて、ドアをノックした。


「お願いしておいてなんだけれど、びっくりしたよ」
とは教授の弁で、なにをいまさらと鼻白めば、まあまあとなだめられる。
研究室のど真ん中に異様に大きい木を据えているエセ紳士は、明日行う学生とのクリスマスパーティーの準備を、馴染みの花屋に依頼した。
「『この木に電飾をつけてほしい』って依頼でしたよね?」
彼の机には、仮の『お届けモノ』だったポインセチアが乗っかっている。
「いやでも、サンタの格好してくるとは思わなんだ…肩に電飾かついで、歩いてきたのかい?」
「かついだのはさっきです。部屋に入る直前までは、コート羽織ってましたし」
バイクで突っ走るサンタだっている時世で何を言っているのやら。
借りた脚立によじ登る。
「これもかぶってきたの?」
「…そんなわけないじゃないですか」
教授が拾い上げたサンタ帽。いつ落ちたんだろう。
わたされたところでかぶる気にはなれなくて、ポケットに突っ込んだ。
肩から電飾を下ろし、留めていたひもをほどく。
モミの木の緑になじむようにか、緑色をした線をゆるく巻きつける。
「星は? てっぺんにつけないのか」
無視して作業を続ける。
それなら素敵なのを用意させていただきましたよ。
この木、てっぺんは天井をこするくらいだから。
依頼主を喜ばせようという気配りなのだ。
下手に反応してばれるくらいならと、黙っていることにする。
「コーヒーでも飲むかい?」
自分が飲みたいとき、人を巻き込むやり方は、かしこいかどうかはさておきよくやるから、「要りません」と断った。
こうすれば客にコーヒーをいれないが、自分は飲んでも構わない。
コーヒー片手の教授が、感慨深そうに(正体不明の)大木を眺めるので、視線をさえぎらないようにさっさと巻きつけた。


「コンセントにつないだら、スイッチ入れてください」
試運転か、点灯式か。
脚立を一度降りて部屋の隅にしゃがむと、教授は重々しくうなずいた。
数回壁紙をひっかいて、ようやっと供給された電力。
彼はスイッチを押しながら、部屋の電気を落とした。


一拍遅れて、灯る。


息をのむ音。聞き間違いでもいいけれど。
脚立を探して、また登る。
特別な星も、飾りもないクリスマスツリーはちょっと許せない。


シャンパンゴールド、とかいう金の針金で、わざわざ立体的に作ったくらい。
木のてっぺんにすっぽりかぶせて、余りを巻きつければ、いくつかのLEDが中から光る、
ワイヤークラフトの星。
ビーズ付きの雪の結晶。
ガラスの球体。
ベルと、ワイヤでかたどるリボン。


脚立から降りて、クリスマスツリーとなった木のまわりを回る。
偏りのないように、できれば、きれいに光るように。
大丈夫と判断したところで、脚立を避け、薄汚れた軍手を脱いだ。
遮光カーテンを開けると、まっすぐ白い光が射した。
「金と銀で統一しました。…いかがでしょう?」
サンタ帽をかぶりなおして、笑ってみた。
「気に入った。…ありがとう」


★★★


目の前で、いろんな色が瞬いている。


午後21時の大通り。
「それで? いい仕事したのになんで怒ってる?」
自販機から出てきたばかりらしい缶コーヒーは微糖で、ぬるくて、今の気分そのもの。黒くて、苦くて薄甘い。甘いのがくやしい。
そういえば教授の勧めるコーヒーを断ったから、かれこれ数時間水分を摂っていない。
「説明する気も失せます」
顔をしかめ、ちびちび飲み進めるのを不思議に思ったのか、ジュース一缶で機嫌を取ろうとした雇い主は首をかしげた。
「それ、嫌いだったか? いつもそれ飲んでる気がしたんだけど」
「いえ、好きな味です。大丈夫」
「そっか」


雇い主は再びファインダを覗きこんで、何かに合わせてシャッターを切った。
自分も缶コーヒーを地面において、もう一度クイックシューをロックする。
息が目の前を白くする。…カメラ越しだってまぶしい。
目の前のイルミネーションは、単にLEDの数だけだって圧倒されるのに。


研究室の中に閉じ込められた木。ここの街路樹よりは小さいか。
あれでも、どうにか豪華にしたつもりだ。
金色のワイヤでできた星。銀色の雪の結晶。


青白い光がずっと連なる道を、やはり二人で、だろうか。歩いていく。
なんとなく、一組を目で追った。
あんなの、この大通りにはたくさんいて、みんな幸せそうだ。


「飾り付けが終わって、サインもらって帰ろうとしたら、『君のソレは、スカートじゃなくてキュロットなんだね』って」
じゃあ管材部に返していきますよ、と脚立をかついでいたので、そのままぶん殴っていたら致命傷だったろう。
「…は?」
「脚立に上がったときに見たんでしょう。あんのクソジジ…」
そのまま、こちらを向いた雇い主に、握りしめていたモノを振りかぶってしまった。
「あ!」
「…っと!」
なんとか手で受け止めた彼は、握りしめた手をひらいて、「星?」とつぶやいた。
「そうです。ツリーのてっぺんにつけた星の、試作です。キーホルダーにしたんです。よかったら、どうぞ」


来年はもう、花屋のバイトなんかしない。ましてやミニスカサンタなんぞごめんだ!


さっきのストライクにはそんな叫びが込められていたわけだが(カメラマンのアシスタント中にあんな恰好するわけがない。今はセーターとジーンズで、完全防寒だ)、そんなことを知らない雇い主はキーチェーンをいじって星を揺らした。
そして、望遠用レンズを外して、星にシャッターを切った。
「あ」
「なに? 撮ったらまずかった?」
「そんなことないです、けど」
レンズ外して、よかったのかどうかわからない。
ファインダからの世界がピンボケして見えるよう、調整して息をついた。
イルミネーションなんて、今日一日だけでおなかいっぱいだ。
「コレ、もらってもいい?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
星は彼のポケットに収まった。


もう来年は花屋のバイトはしません、貴方のアシスタントだけで十分。
その方が勉強になるし。
先生についていけば、写真の技術が上がって、その方がきっといい。
「そうかなあ」
一気に言った言葉に、釘さすように。
「昨日まで、アシスタントの君が怒った顔を見たことがない。ワイヤークラフトをするようになったのは、花屋で教えられたから。例の教授には毎月くらい呼び出されてた、よな?」
違ったか、と言うのに首を横に振った。
くるりとカメラと一緒にこちらを向いた雇い主は、笑って言った
「前より写真が良くなったのに、やめるの?」
二の句が継げない自分の姿は、こうして雇い主のカメラに収まった。


「立派なカメラマンになりたいとか、そういうのわかるけどさ。まあ、若いうちになんでもやっときなさいって」
少なくともプロのカメラマンである雇い主は、そう言って自分の肩をたたいた。
「イルミネーションも、もうたくさんです」
「だめ。これは仕事だから。怒ってやめたらギャラが入んない」
別アングルから撮るつもりらしく、三脚をしまいはじめる。
ついていくよりほかない。自分も片づけなくては。
冷えた缶コーヒーを拾い上げて飲み干し、ピンボケのまま一度、シャッターを切る。


「ああ、星がきれいだね」
先を行く先生が指さした空を見上げた。
「そうですね」
自分の飾り付けがかなわないから、なにもかもくやしいから、イルミネーションなんかなくなってしまえと本気で思った。


せめてピンボケした、やわらかい光でいいのに。
人工の光があんまりまぶしくて、星が見えないのは嫌だから。


【end】