rude

Last Update:2010/06/06(Sun) 19:12-21:47
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なんで形状と性別を持たせると変になるんだろうな。誰かに似せてやった擬人の話。深読みできるほど深くもない。


【rude】
©Natsuki.H/crosshope/2010


どうすることもできないことだってある。


何度か夢を見たことがある。猫足のバスタブの夢。
白くて大きくて、自分が沈み込んで出られなく…はならないくらいの、あわあわのバスタブ。
けれど自分がその中にいるわけではない。
ふちに寄りかかって座って、男性にしては長い髪を梳いている。きれいでもなんでもない己の指は、あわだらけの頭を、できるかぎりやさしくこすろうとして、なのにどうしても気が散って、毛先をなでて遊んでしまう。
相手が何も言わないので、自分で気づかなくてはいけない。丁寧に湯に溶かしてふやかしてやりたいわけではないのなら、適当に切り上げて清潔な服に着替えさせて、眠らせないといけない人だったのだ。
乱暴の対象のようで、でも甘やかしたくてしょうがない。意味がわからない。
適温・適量にしたつもりのシャワーで、相手の身体、自分のむき出しの手と足を流した。まとめておいた髪に飛んだあわはそのまま、相手の服を取って着せかける。
そこまでしてやっと、タオルが先、と気づくのだ。


ドライヤーが嫌いなので、それだけは相手にやってもらうらしい。少し離れたところで眺めているのだ。
髪の毛から伝い落ちる水滴をタオルでくるんで取るのは、手が勝手に動いてやっていたのに。
スイッチを切ったと見るや、少しだけ肩の力が抜けた。あの音が嫌いなのだ。
近づいてきた人に手をのばす。腕を掴んだ。まだあたたかいので、よかった、湯冷めしてはいないらしい。
ベッドの上で、やたらふわふわした場所に座って触れたりなんかしたらもっと落ち着かないのかと思っていた。
でも自分たちはなにもしないとわかっていたので、真顔で髪を梳きあったり、手を握りかえしていた。
首のあたりはくすぐったくて笑ったし、肩甲骨あたりを押すといい具合のマッサージになった。てのひらを押されると自分の方が気持ちよくて寝そうになり、耳の後ろをなぞってやると相手の目がすごくすごく細くなった。


スキンシップと言い切ってしまえば誰も指差して笑わないかなあ、と思っていたところで相手の寝息が聴こえた。
胸や腰やなんかに手を触れさせたことも、ましてや抱きしめたこともないのに、とにかく隣で寝るというのは珍しいのだろうか。
手をつないで寝るのは、2回目だ。
夢の中でしか、2度目が起こることはない。現実に起こす気はない。直接触るのも、できるだけしないようにしている。もっと言えば、「手をつないで寝たこと」しかないわけで。
自分は奴の身体を洗ってきれいにして、きれいになったらきれいなふとんで寝かしてやりたいらしい。
きれいにして、寝たのを確認する為にはそばにいなくちゃならなくて、自分が髪を洗う必要はないのだけど、どうせならうんときれいにしてやりたいみたいで。
…一方的にしてやりたいだけ。


1度目。自分は2時間寝なかった。相手は身体を揺らさなきゃ目覚めなかった。「熟睡できたのならよかったね」、と言うのは嫌みだった。
自分の中で、この思い出が嫌な部類に入るのかと言えばそうでもない。今もよくわからない。
誰の手でも握って寝るのなら、むしろそれを確認したいな、と思った。自分の手を握って落ち着くなんて馬鹿だろう。でもこの考えがすでに思い上がっている。
それでも、夢のように。自分が思ったとおりに行動したら、どうなるんだろう。別に誰も傷つけないとは思う。
そしてこうすることを、すごく強く願っていはしない。


夢の中で、何度か自分は強く抱きしめようかと迷う。でも自分のためにやめて、髪をしきりになでる。
願望の形を装った欲求なのかな、と考えたりもする。
いつもこうしてあげられるとは思っていない。…あげられる? ちがうな。いつもこうしたいとは思わない。


自分が何かにつらく当たりたいときに、やさしいとか親切とか余計なお世話の形をした行為にすがりたくなるのだ。
そうして自分が落ち着いたときに、懺悔したくなって、抱きしめようかと思う。でも、自分のためにやめて、きれいにした髪をなでる。自己満足の具現化が、つるつるのキューティクルかもしれなかったし、ふわふわの匂いかもしれなかった。
手をつないでくるのは向こうからなので、逆らわない。
心底相手を信用しているふりをして、相手が自分の許容範囲を侵すことがないように常に気を張って、自分が見返りを求めようがない範囲でやさしくして。
こういうことをしたとして、誰にも言わないし、言えない。知られたら多分、何もなかったと言って信じてもらえない。髪に触れるのは恋人同士だけの行為じゃないと誰もがわかっているんだけど。それで、指を差されるのをなんとなくこわがっている。
自分が行動を起こした結果が、人の目に映るのはかまわない。
そっとしておいてほしいときに、奇異の目で見られるのは嫌だ。巻き込んだ誰かに対する罪悪感なんか知らない、自分が単純に耐えられない。


堂々めぐりをくりかえす中で、気づくのは、何もしないでいれば平穏なのだな、ということだけ。
自分がしたいことをするとして、勝手に設定した反応の前に打ちのめされているのなら、「何もしない」ことが一番の選択肢なのだろう。


どうすることもできないことだってある。今は、乱暴な気持ちを持った自分を自分でなだめすかすこと。
誰も巻き込まずに、静かに眠っていること、で。


【end】